TEA OR COFFEE?

 

 

目覚ましなしで起きた日は、良いことがあった試しがない。
バスに乗り遅れたり、遅刻して学校に行ったと思えば抜き打ちテストの最中だったり。
でも今日は日曜だし、どこかに行く予定もない。
それなのに、まるで何時間も前に起きているかのように頭がスッキリしていた。
「…?」
なんとなく頭に手をやって、髪の毛がやけに柔らかいことに気付く。
昨日はリンス変えてない…よな。
たぶん寝相に問題があったんだろう。
いや、問題はそれだけじゃなかったんだけど。
枕元には2メートルほどあるヌイグルミの蛇があった。
オレンジと白と黒のストライプで、毒蛇図鑑とかに写真が載ってそうな禍々しいやつだ。
これがあるということは…
ここは俺の部屋じゃない。
ついでに着ているのも俺のパジャマじゃない。
「アイオンの奴…!」
なんのイタズラだか知らないが、ちっともおもしろくない。
スリッパをつっかけると、アイオンに文句を言ってやろうと部屋を出た。
そして、その前に顔を洗おうと洗面所に入り…
「〜〜〜っ!!」
何か手に持っていたら、確実に鏡を割っていただろう。
なぜって、鏡の中で目を見開いているのは、アイオンだったから。



「困りましたねえ」
アイオンがちっとも困っていないような顔でそう言った。
いや、正確にいえば外見だけは俺なんだけど。
その“だけ”っていうのを強調させてもらいたい。
間違っても、俺がチェックのエプロンをつけて、朝からキッチンに立っているわけがないのだから。
しかも、色はピンクと来た。
それを恥じもなく着こなしている自分を直視できない…
「サーモンピンクです」
アイオンが隣から口出しした。
そんなことはどうだっていい。
「紅茶が冷めてしまいますよ」
目の前では“俺”がゆったりとした口調で言った。
喋り方が違うだけで、声まで違うように感じられるのだから不思議だ。
アイオンは気にならないんだろうか。
洗面所で固まっている俺を見つけて「あ、僕だ」と言ったきり、この話題には触れない。
俺がなんでか訊くと、アイオンは何気ない様子で
「外見はそんなに重要じゃないでしょう?」
と言うと、いつものように笑った。
自分に笑いかけられるのって不気味だな、と見ているほうは思ったわけだけど。
それにしても、なんでだ?
こういう映画があったけど、あれは娘と母親が中華レストランでもらったフォーチュンクッキーのせいで入れ替わったんであって、俺とアイオンは別に何も…って、そうじゃなくて!
俺は、変な方向に飛んでしまった思考をふっきって、現実を見つめることにした。
前髪がうざいなとか、こいつ指長いなとか、俺って案外小さく見えるなとか、混乱した頭で大したことは考えられなかったけど。
「…お前の仕業じゃないよな?」
俺は真剣にそう言ったつもりだったが、アイオンの声だとジョークか何かに聞こえる。
なんでこんなにワクワクしたような声になるんだ?
「まさか」
アイオンはトーストにジャムを塗りながら、どこか楽しそうに答えた。
俺はげんなりしながらも、紅茶にミルクを入れてかき回したあと、一口啜ったが。
それ以上飲む気になれなくて、すぐさまカップをテーブルに戻した。
「食欲ないんですか?」
「そうじゃなくて…」
紅茶なのになぜかコーヒーの味がしたのだ。
どう見ても紅茶なのに。
俺は首をかしげながら、恐る恐るカップを手に取った。
「今朝は紅茶の葉を切らしているんだよな」
アイオンが微笑みを絶やさずにそう言った。
俺の声で…俺の喋り方で。
「でも、紅茶が欲しいって思ったんだろ?」
びっくりしてアイオンを見ると、そこにいるのはどう見ても“俺”で。
「だから紅茶に見えたんだよ。俺が淹れたのはコーヒーだし」
自分でもなんで紅茶にこだわるのか分からない。
「でも…これはどう見ても紅茶…」
俺はそこまで言って、口をつぐんだ。
次に出てくる言葉がなんなのか気付いて、恐ろしくなったのだ。
―――どう見ても紅茶ですよね。
頭の中に響いた声は、アイオンのものだった。
何で俺がそれを口に出そうとしたのか、分からない。
「味オンチなんじゃないのか?」
向かい側に座っている俺が、からかうようにそう言った。
「そんなことは…」
俺はおそらく真っ青になっていただろう。
自分の発した声が遠くから聞こえてくるようだった。
「どうしたんだよ、アイオン。そんなに紅茶が良かったのか?」
“俺”が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。
俺は思わず目を閉じて、耳を塞いだ。
違う…違う…俺は…


「コーヒーでも全然かまわないんだ!」


「あ、そうなんですか?」
近くで聞きなれた声がした。
目を開けると、不思議そうにこちらを覗き込んでいるアイオンがいた。
「お前、アイオンだよな…?」
「そうみたいですね」
俺の奇妙な質問に大真面目でそう答える奴は、アイオンしかいない。
そう考えると妙な安心感があった。
ここは正真正銘、俺の部屋だった。
枕元に蛇のヌイグルミもない。
そして、とっくに目覚ましが鳴ったのに起きてこない俺の様子を見に来たアイオン。
いつもと変わりない日常。
…なんだ、夢だったのか。
そのわりにはやけにリアルだったな、と俺は無意識に頭に手をやった。
少し硬い。うん、ちゃんと俺の髪だ。
「うなされてましたよ。どうしても紅茶が飲みたいんだ、と苦しそうに言ってましたが…コーヒーでもいいでしょうか。今朝は紅茶の葉を切らしているので」
寝言に出ていたらしい。
アイオンにとってみれば意味不明だったに違いない。
「冷める前に下りてきてくださいね」
そう言って一階に下りていくアイオンが着ていたエプロンは。
ピンク…いや、サーモンピンクのチェック模様だった。

「…嘘だろ」

一度も見たことがないのに。

「あ、そういえば言い忘れてました」
アイオンは、ドアからひょっこり顔を出すと、唖然としている俺にむかって言った。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね」
「ああ…うん、よろしく」
そういえば、今日は一月一日だった。
じゃあ、あれが俺の初夢…?
今年は紅茶に縁があるってことかな。
それとも…
「……」
それ以上考えたくなくて、俺はさっさと顔を洗いに洗面所に入った。
鏡を見るのを、少しばかり恐れながら…

 

 

 

 

かげふみさんのフリー小説をかっさらって来ました★
鯉の好きシリーズ【未来学者の白昼夢】のアイオン君と真祐君です(^^)
目覚まし時計で起きて、良いことがあった試しがなかった真祐君…さて、どうなったもんだと…ドキドキ。
少し間違えたら漫才イチャイチャっぽい二人ですvv
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