迷子の春風A
1、2時間目は古典と体育。古典は一年の基礎さえできていれば大丈夫な問題だ。
体育はバスケ。僕はどっちかというと、思いっきり頭脳派な人間なので運動は少し苦手かな。
どんくさい事もあって、転んでしまったし。保健委員が「保健室行くか?」って言ってくれたけど、断った。
そんなにたいしたケガじゃなかったし、すぐに治りそうだったしね。
そして3時間目の数学。1、2時間目をサボった昇が帰ってきた。どうせ、村田君とイチャイチャしてたんだろう。
昇は僕の一つ前の席。後ろから見る限りじゃボーっとしていて授業は右から左。
見るに見かねて、ついつい声をかけちゃうんだよね、僕。
「昇、昇、先生睨んでるよ。ちゃんと黒板、ノートに写してる?先生の話聞いてる?」
「え、書いてないし、聞いても無い…」
「今、P34の問い2をやってるとこ。もしかしたら当たるかもよ。」
「やっべーー。教えて、楓。頼む!」
小声でやり取りしているけど、絶対先生は気づいている。もう目がこっちばかり見てるし。
「解き方を教えるから、自分でやるんだよ。」
答えだけを教えるのは相手に何の力も与えない。少しイやな奴かもしれないけど、僕はこういうやり方にしている。
相手が本当にわからない時は一緒に解いてあげたり、もっと簡単なヒントを与えたり、と。
そのやり方を知っている昇はシブシブだけど、問題を解き始めた。
しかし、運のいいことに、授業終了のベルが鳴った。先生は惜しそうに教室をアトにした。
4時間目も難なく過ぎて、やっとの事で昼食。昼は智季とじゃなく、1年から仲の良いヒカルと食べることにしている。
今日は暖かいから、裏庭だ!と心に決め、いつものようにヒカルを誘った。
「ヒカル、お昼行こうよ。今日は裏庭にしようぜ!」
「おー、ちょっと待て。これだけ写す。」
黒板に字が消されてしまわない内に、ノートにペンを走らす。ヒカルは出来るくせにちゃんとしない。
世間では怠け者タイプって言われてる奴だと、思う。
「先行ってるよ。」
「あいよー。」
授業中、遊んでるからこんな事になるんだ。昼休みの時間は、永遠じゃないぞ!
校内の自然はすでに春の新緑で溢れている。桜がそろそろ咲き終わり、葉桜が目立ち始めていた。
裏庭に足を踏み入れると、すでに先客がいた。…誰??
気持ちよさそうに寝転がり、遠目からでも誰だかわかる。
「智季、何をしているんだ!もうお昼だぞ!」
名前を呼ばれ、寝ぼけ眼で僕の方を向き、
「楓…さん…?」
と、かすれた声で僕の名前を口にした。こんな声、聞いたことない。
いつも冷静で、歳の割りには落ち着いた思考と喋り方なだけに、そんな声はひどく、甘く聞こえた。
風がかすかに吹く。日本的ば黒髪が静かに、音も立てずに揺れた。
ここだけが、時間が止まったような…そんな感覚が生まれる。
「本当、綺麗な顔してるよな。なんでお前みたいな奴が、僕なんかを好きって、慕うんだか。」
実際、男も女も、選り取りみどりだろうに。単に僕がからかわれてるだけかもしれない。
「おーーい。楓ー。」
一瞬、驚いた。ヒカルが来るってこと、忘れてしまっていたよ。
走り寄ってきたヒカルは目の前の先客に気づく。
「…おや、ぐっすりと。」
「……」
気持ちよさそうに眠りこんでいる智季を起こすのは、勿体無い気がするかもしれない、けど。
「楓、お前がやると甘えが出るんだ。ここは俺が一発。おーいぃ、起きろーー!楓が大変な目にあっちまうぞぉ!」
一体、どんな目だよ!
「え?楓さん??」
…ウソのようにすんなり起きてきた智季。
「…あれ?楓さん、にヒカル先輩。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもない。もう昼休み。僕らは今日はココに食べに来ただけ。すると、お前が眠っていたんだ。」
「あー、そうなんですか。つい、陽が気持ちよかったもんで、4時間目はエスケープしちゃいましたv」
だろうね。じゃないとココで寝こけてるはずがない。
「で、お前は昼、どうするんだ。」
「じゃー僕は楓先輩をお昼として、頂きます!」
先輩!と両手を広げて僕に抱きついたが、黙ってされるほど僕はおとなしくない。
「このバカ!さっさと昼ごはん食べに行けよ!」
なんでこんな奴が一年生の間で人気があるんだ!世の中の不思議だよ、ったく。
「はーい…」
「あ、そうだ。日下。」
「何ですか?結城先輩。」
この場を立ち去ろうとする智季を呼び止める、本名・結城光。
いかにも美少女といった感じな名前だ。
「昼、よかったら一緒に食おうぜ。イやならしょうがないけど。」
その一言で智季は満面の笑みを浮かべ「ハイ!」と、元気よく応えた。
そして、俊足の足をいかし、教室まで走っていったのだ。
「…なんでそんな事、言ったんだよ。」
今の顔、どうか見ないで欲しい。
「その方がお前、喜ぶかと思って。なんて友人思いな友達なんだろね。おや?顔が赤い。」
とても嬉しくて、彼と巡り合えただけでも奇跡だと言うのに。
「日下が戻って来るまでに、その顔なんとかしとけよ。あいつに襲われるぞ…」
「うん…」
一体、今自分はどんな顔をしているのだろう。
ああ、智季が少しでもいいから、遅くきますように…
END