誘惑のエスコート・1
「憲太くん。こんばんわ。」
高永友行、20歳。毎週土曜日はカテキョのバイトの日である。
このバイト以外にも、もう一軒カテキョと、パン屋のバイトをしている。
最初の方はきつかったけど、今では慣れてしまった。
約束の時間の午後八時に、ピッタリに生徒の高校2年生、酒井憲太の家へ着いた。
「あ、友行さん、こんばんわ。…でねー、」
軽くノックをして扉を開けてみると、憲太以外にモウ一人、男の子が座って友行を待っていたのだ。
その男の子は、指と指を顎の下で組んだ状態にし、冷めた目つきで友行に目をやった。
友行は一瞬、その気を感じたが、気のせいだと思い込んだ、
そんなことは露とも知らない憲太は高校生の男の子の独特の人なつっこい笑顔を向けて、友行に説明を始めた。
「今回の…テスト、こいつ落としたら留年って、脅されてるんだ。悪ぃんだけど、一緒に見てくれね?」
子犬のように潤んだ瞳でお願いをされたら、イやとは言えない。
それも、可愛い教え子で、友達のような存在の憲太にされたら友行はOKをしてしまう。
憲太が申し訳なさそうに紹介した青年は、どうやら同級生の様子。
同級生にしては、少し背伸び…とういうか、マセテル気がした。
「お願いします。俺、伊原慎也って言います。」
立ち上がって丁寧にお辞儀をした青年は、友行よりやや少し、背があった。
最近の高校生は発育がいいんだなぁっと友行は呑気に彼を見ていた。
そして、女の子受けがよさそう…が、彼に対する第一印象である。
憲太の第一印象は『こんな弟がいたら、毎日おもしろそう』であったのを今でも覚えている。
あの時、彼はまだ中学生だったのだ。
「どうも。藍川大学の高永友行です。テスト、見られる範囲でよければ、俺、お手伝いします。」
年下なのだから敬語は使わなくてもいいのだが、友行の性分にはソレは合わない。
何故か年下でも親しくなければ少し距離を置いてしまう。
敬語はその境界線である。
しかし、心底は憲太に負けず劣らずの友行のこと。
可愛い教え子のお願いをすんなりと、引き受けていた。
風が肌に少し冷たい、秋への入り口の出来事。
それから一週間。
『健太くん、ごめんだけど今回だけバイト、頼まれてほしいんだ。』
そう電話がかかって来たのは二日前。
『もう一人の生徒、あ、雫ちゃんって言うんだけど、あの子も今回のテスト自信がないから来て欲しいって、メールがあったの。』
雫ちゃん、とは有数のお嬢様学校に通ってるおっとり系中学生と、聞いている。
『で、雫ちゃんって少し人見知りがあるんだよね。初対面の人、しかも男性ときたら健太くんには難しいかな…って思って、年も近い男の子の方頼んでも、いい?』
キス、してくれるなら…と冗談で言ってみたら、‘キスだけでいいの?’とハニカム声が聞こえてきた。
この人って、段々と無意識に誘うのが上手くなってきてる…と健太は真剣に思う。
健太も健太で、恋人のお願いにはめっぽう弱く、二つ返事で引き受けた。
電話越しでその男の子の事を少し詳しく説明してくれた。
名前は酒井憲太17歳。サッカー部所属でポジションはキーパー。彼女有りの青春真っ只中らしい。
『憲太くんってね、結構人なつっこいから、すぐに慣れると思うよ。』
っと、高永さんは言ってたけど、大丈夫だろうか…と健太は内心思う。
緊張しながら指定された家へ着くと、すんなりと部屋まで通してくれた。
これも事前に憲太の母親に話しをつけてくれた友行のお陰なのだ。
健太はカテキョどころか、バイト自体初めてという温室育ち。
そもそもお金に困ったと言う経験があまり無く、欲しいモノとかもあまりないので、仕送り金だけで充分今の生活をやっていけるのである。
「俺、酒井憲太って言います。こっちは部活仲間の伊原慎也君。友行さんから話は聞いてますよ。
俺と同じ名前の健太さん、今日だけですがヨロシク頼んます!!」
部屋に入るなりニコヤカに迎えられ、健太の緊張は少しほぐれた。
根が明るい憲太のおかげで話やネタには困らなかったものの、今度は熱い視線を送ってくるのには気づけずにいた。
今思えば、健太は幸せボケでもしていたのだろう。
昔はそんな視線にも敏感ですぐに手を出しては振ったり、振られたりの繰り返し。
でも、お互い楽しんだし、今ではいいオトモダチとして続いている人もそう少なくはない。
そんな健太の男でもため息がつくような美貌と、内面的な優しさに魅せられた者が、ここに一人。
今日の授業の帰り道、健太は慎也から思わぬ言葉を聞かされることになるのだ。『ねぇ、先生、俺とメアド交換、しよ?』
[健太くん、バイトお疲れ様でした。憲太君って可愛くていい子だったでしょ?]
バイトが終わり、途中まで一緒だった慎也とも別れた途端、健太は携帯に目をやった。
さっきセンター問い合わせで来ていたメール。
勿論、期待を裏切ることなく、友行からのである。
授業中は、電源は切っとくように友行に言われていたので、律儀にも切っていた。
「…高永さんからのメール…」
他にも何件か入ってはいたが、それらは後回し。
最優先は勿論、恋人のであった、
どうして、こんなメール一件だけで嬉くなるのだろうか。
「…高永さん、バイト終わってるかな?」
携帯を、パチン と折りたたみ、ズボンのポケットに詰め込む。
夜道一人でニヤニヤしているのを液晶画面の明かりで他人に見られてしまうのは少し痛い。
いくら男前だからって、それはイやだ。
その昔、そうやって歩いてたら当時の恋人に「キモい。男前が台無し。」と言われてから気を使うようになったのだ。
「早く帰って電話しよっと。」
何がそんなに嬉しいのか。
自分が自分でナゾなのだがこの気持ちはどうしようもない。
初めて人を本気で好きになるとは、こういう事なんだろうか…と健太は思う。