日下君の一日
「はぁ…」
楓さんは誰もが振り向く美人ではない、誰もが振り向く可愛さでもない。
普通より少し、可愛いくらいだ。
「はぁ…」
なのにあんなに愛らしい。その愛らしさは、僕だけが知っていれば十分です。
恋焦がれる、と言うのは今の僕の状態を言うのかも知れない。ああ、早くあなたに会いたくて堪らない…
授業中にさえ、考えてしまう。いや、授業中だからこそ考えてしまうのか?
「…日下様、君は一体何をそんなに悩んでいるのだね。それは私の授業が身に入らないほどなのかい?」
「…先生。この悩みはどうしようもありません。なんせこの僕がこんなに悩んでも解決できないのですよ。」
また、ため息。
「日下様を悩ますモノって一体、なんだろ…?」
誰かが何気なく言い出し、その一言から教室中がイッキにざわめき出した。もう授業どころではなくなる。
「憂い顔の日下も艶っぽくていいよな。」
「うん、恋してるって表情だよな。」
ソノ通り。僕は今、一人の少年に恋をしています。寝ても覚めても僕を支配するのは、彼のみ。
「なぁ基喜、お前日下と一番仲良しだろ。相手知ってんじゃねーか?」
「さぁな。例え知ってたとしても喋らないけど。」
興味無さそうに応答する姿は、僕への小さなあてつけ。
基喜、喋ったら絶好ですよ。チラっと睨んだのに気づき、基喜は目で合図をした。
―わかってるよ、智季
基喜だけが、僕の気持ちをわかってくれる大切な親友です。
「基喜、食堂に行きましょう。」
四時間目が終わり、学生たちは席を離れる。まだ自分の席で寝こけている基喜を起こし、食堂へと誘った。
ノソノソと起き上がり、大きなあくびを一つ。マイペースな足取りで食堂へ着いた。
「ん〜。いい気持ちだったのに…。それはそうと智季、お前この頃すぐに顔が歪むぞ。お得意のポーカーフェイスは
どうなった??」
痛いトコロを付かれた…
「どうしたもこうしたも、自分でもわからないのです。楓さんの事を考えるだけでもう、」
心がドキドキして、いつかは爆発するんじゃないかと思うほど。
「あ、楓さん!」
その言葉に周辺を見渡す。なのに、それらしき人物は見当たらない。
「くくく…。恋する男は馬鹿って本当だな。」
そう言われて反論できない自分が悲しい。
「基喜はどうして気づいたのですか?僕が楓さんの事が好きだってこと。」
「うーん。お前な、他の奴を見る目と楓さんを見る目が全然違う。すっごく、愛しそうに見てるんだぜ。なんか、こう、フワァ…って感じに。
でもそれは注意して見ないとわからない程度だから、まず他の奴に気づかれる心配はないと思う。そこは多分、
智季が無意識にセーブしてるんじゃないか?」
「基喜はよく人の事を観察しますよね。」
「これでも智季とのクサレ縁4年目だしね。」
得意そうにニッコリと笑う基喜にはいつも、感謝しているんですよ。
「あ、楓さん発見。」
「もうそのテには乗りません。」
幼い子だって、一度騙されたら警戒心が生まれ、二度三度と引っかかりずらくなりますよ。
「本当、ホラ。」
基喜の指を指す方向を不信に思いながらも見ると、本を読んでいる楓さんがいた。陽を浴びて、その瞳はもうすっかり
本の世界の住人になっていることを告げている。
「おい、あの横あいてるぜ。サッサと座らないと誰かに取られる。おーい、楓さーん!」
行動の早い基喜は有無を言わせずに、その場へと駆け寄った。こっちの世界へ引き戻すのは少々可哀想ですが…
「楓さん。」
自分の声がさも嬉しそうに彼の名前を呼ぶ。すると、ゆっくりとした仕草で僕の方を見た。
「智季。それに基喜くんも。お昼はここ?」
一瞬だけども、親しい人にしか見せない表情をした。ソレは、お互いの距離が縮まってきている合図。
「お昼、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ダメって言っても一緒に食べるんだろ。聞いても聞かなくても同じじゃないか。」
「さすがですね、楓さん。一年という短い期間で僕の事を熟知されたのですね!」
「だってお前、毎日来ては勝手に僕の隣に座ってはアレコレ話すんだもん。」
この分じゃ、ヒカル先輩も一緒だ。楓さんとヒカル先輩は羨ましいぐらいに仲が良い。
たかが一年、されど一年。一年という差はとても悲しいものです。どうして楓さんと同じ年に生まれなかったのか。
神なんて信じてませんが、神様を恨みます。
「おまたせーって、日下と高沢。やっぱり来てたのか。」
二人分の昼食を持って結城先輩が戻ってきた。自然な仕草楓さんにトレイを渡す。楓さんは読んでいた本を鞄の中になおし、床に置いた。
「ほら、待っといてやるからサッサとメシ、取って来い。」
結城先輩は、先輩としては良い先輩だと認めます。が、楓さんの事になると話は別です。
自分の感情がコントロールできないなんて、誰が想像できたでしょうか。
僕と基喜がご飯を取りに言っている間。
「よかったな。ここの席とっといて。」
「僕は取りたくて取ったんじゃないんだからな。取っとかないと誰かさんが煩いんだ。」
「そんな顔しても説得力がない。ほら、早く元の顔に戻しておけ。何事かとおもわれるぞ。」
「うるさいなー。」
「はいはい。だから今日も学食にしたんだろ?」
「……」