弓なり月夜の夢の如し 壱
いつもと同じ少し暑い午後。初夏が近づいて来たこともあり、太陽が眩しい。
中3になった川澄岬と、都津川あずさは一緒に廊下を歩いていた。
岬は入学当初とは見間違えるほど、身長が伸び現在では173センチ。まだまだ伸びる気配がある。
弓道部に所属しているせいか、キレイにしなやかな筋肉もついている。
一方、あずさの方も入学当初よりは身長が伸びたが、岬には一歩届かずの170センチ。
弓道部のマネージャーをしていて、学園の高嶺の花。あずさに言い寄ってくる男は結構いるが、岬も負けてはいない。
あずさは岬に中1の頃から「好きだ、付き合ってくれ」と何回も交際を求められているが、まだ返事はしていない。
もしかしたらその内、岬を誰かに捕られちゃうんじゃないか…と心配しているが、同姓という事もあり、なかなか素直になれずにいた。
けど、キスまでは許している。
そして、そんな心配が今、目の前に現れたのだ…。「ねぇ岬くん、僕と付き合ってみない?」
突如、二人の目の前に現れたのはネコ目の生徒。背の高さはあずさとあまり変わらない。
制服からして、高校生である事は確かだ。第一ボタンまでしっかり留めて禁欲的なイメージがつくが、逆に相手を誘う。
「え…?」
「あ、自己紹介がまだだったね。俺は戸田弘、高校一年。ねえ、どう?」
「どう?って言われても…」
半袖のシャツから白い腕を組んで、自信満々に二人の前に立つ。
あずさは岬の横で、彼を見てるしかなかった。なんせ、こんなに積極的な告白は、初めて見たもんだからどう反応したらいいのか解らないのである。「俺、好きな人がいて…」
いつものように断ると相手は諦めて立ち去る。のだが、今回は違った。
「知ってるよ。ふーん…この子か。大したことないじゃん。俺のが断然いいね。」
「なっ、何なんですか!失礼にもほどがあります!」
「へぇ、気も強い。じゃあ岬くん、また会おうねv」
「でも俺…」
付き合えないです、と最後まで言えなかったのは飛びつかれて頬にキスをされたから。
「「!!」」
衝撃が走ったのは、岬もあずさも同じ。
「じゃあね。」
悪びれもせずに、踊るように走り去った弘の台風であった。
「ってか何、あいつ!信じらんない!」
「あっあずさ〜落ち着いてよ。」
ここはあずさの寮室。キスをされたのは岬なのに、何故か怒っているのはあずさなのだ。
「だって俺の岬にキスしたんだぜ?キ・ス!」
ルームメイトの紺野和己は、帰って来たあずさに延々とグチを聞かされているのだ。
それを落ち着かせようと、帰りに買ったスポーツ飲料水をコップに注ぎ、あずさに渡す。
「ありがとう。」
「その先輩って誰なの?知ってる人?」
「全然知らない人。戸田弘って言って、ネコ目で少し髪が茶色してた。あ〜思い出しただけでも〜!!」
紙コップから、注がれた飲料水がこぼれ落ちる。
「お、落ち着いてよ。大丈夫だって!岬ちゃんもあずさ一番なんだし、ね?」
和己は屈託のない笑顔で、あずさに笑いかけた。あずさもここまでグチを付き合ってもらい、慰められたら怒る気も少しは収まってきて…
「イインチョーの言うことだ。信頼しよっかな。」
「うんっ!」
今日のことはもう忘れようと思い、いつもより早くベッドに入った。
「おやすみ、あずさ。」
「うん、おやすみ。」
でもどうしてにも思い出してしまう。
二段ベッドの下であずさは暗い天井を見つめる。…岬
寝返りをうってもなかなか眠れないのはどうしてだろう。
一つ上では、規則正しい寝息が聞こえているのに…。
いつの間にかあずさは眠っていたらしく、珍しく紺野に起こされたのだ。いつもは低血圧の紺野が起きれずにあずさに
起こしてもらっているのに。
紺野と一緒に朝食をとりに食堂へ行く。食堂にはいつも、自分を待っててくてる岬がいて…なのに今日は…
「返事は?」
「だから、俺好きな人がいて、付き合えません!」
「好きな人がいたっていいよ。」
岬が弘と一緒にいるのを見た時、嫌な気分になった。
あの場所に、いたくない…
とっさにそう感じ、目を伏せた。
今日は、もしかしたら初めて岬とは別に、朝食と取ったのだった。
それから、戸田弘は時間さえあれば二人の目の前に現れては、岬にアプローチしまくった。
それは、クラスでは有名になってしまった様子。クラスメイトは面白がって見学してるだけ…ただ一人を除いて。
「…岬…」
心に影を隠しながら、あずさは岬と弘を遠くから見てるだけしかなかった…。