弓なり月夜の夢の如し 七


紺野は冗談でも嘘をつくタイプじゃないのを二人は知っていた。
それに、紺野の顔は嘘を言ってる顔ではなかったのだ。
驚きのあまり、二人は顔を見合わせ、クラスを飛び出してしまった。
目的は、違うクラスメイトを見つけ、同じ質問をしてみる事。
まだ校内をうろついている級友を捕まえ、同じ質問をしてみたところ…
答えは皆同じだった。
『戸田弘?そんな先輩、いた?』
二人は納得が行かずに、職員室前に設置されている高校及び中学校全クラスの名簿は引っ張りだし、図書室へと行った。
…勿論、許可を得て。
そして、探してみるけれども‘戸田弘’の名前はどのクラス、学年には記されていなかった。
「…おかしいね。」
「…うん。」
何度探しても見当たらない、彼の名前。見落としてるって事はないはずだ。
「…戸田先輩、いるよね?だってあんなにクラスに来てたし。」
途方にくれ、腑に落ちない気分を胸に抱え込まざるおえない。

「あれ?都津川に川澄。どうした、図書室にこんなもの持ち込んで。」
「先生…。」
頭上から優しい男の声がした。
見ると、男は二人の授業を受け持つ古典教師であった。
彼はソソクサと二人の前にすわり、興味津々で意気込んでいた。
「ちゃんと許可はもらいましたよ。」
「じゃないと持ち出し禁止だもんな。で、何してるわけ?」
子供のように瞳を輝かせ、机の上に散らばってる在籍名簿を見た。
「人探し、なんですけど…」
「人探し?」
「戸田弘って人。…先輩なはずなんだけど。」
さっきまで胸を躍らせてた教師は、いきなり喋らなくなった。
少し顔には悲しさが現れていて、不思議そうに二人の顔を見た。
でも、何故その生徒を探してるのかの理由を、訊こうとはせずに。
「ちょっと待ってろ。」
教師は立ち上がり、本棚の海へと足を運ばせ、帰って来た時には一冊のアルバムが手に持ってあった。
「先生、それは…?」
「戸田弘、よく覚えているよ。俺が初めて受け持った生徒の一人だからな。」
静かにアルバムをめくり、‘戸田弘’を見つけ出した。
アルバムは卒業アルバムであり、しかも10年まえの日付が打たれていた。
アルバムの中の戸田弘は楽しそうに笑っている。
「戸田は元気で、生徒の人気者で人望もあつく、困ってる人はほっとけない性格だったな。
ついつい少しお節介になりすぎるとこもあってけど…良い子だったよ。」
教師は、遠い昔を思い出すように目を瞑り、うつむいた。
その声はシンミリとしていて、少し涙声にもなっている。
「…だけど、突然倒れて…そのまま…死んでしまったけど、友達が一緒に卒業したいって言ってきたから
卒業はしたんだ。」
初めての生徒を始めて亡くしてしまった先生はどんな気持ちになっただろうか。
どんな形であれ、生徒が亡くなるのは悔しい。
まだ外の世界を全て知らず、これから大きくなってしたい事もたくさんあっただろうに。
変われるものなら、変わってやりたい。
「…最近、戸田がこの学校をウロついている気がしてな。俺の思い過ごしだろうけど、悪い気はしなかったよ。」
寂しそうに笑う。その目には涙が浮かびそうに溜まっていた。
岬もあずさも声がつまり、なんて言ったらいいのかわからずにそんな教師を見てるしかなかった。
「さ、俺は職員室に戻るわ。それ、ついでに持っていってやるよ。じゃあな。」
親切にも教師は、結構量のある在籍名簿を持ち上げ、図書室を後にした。


「…いないんだね、この学校に。」
「…うん。」
自分に自信があって少しお節介な先輩。
今、生きているなら26歳になっている。

岬は弘とよくいた屋上に場所を移し、弘がよくしていたように天を見上げた。
 

好きな人を絶対に手放したらダメだよ。

          後悔したくないでしょ?

  

声がした。
咄嗟に岬は出入り口の方を振り向いた。
振り向いても弘はいなくて、あるのはただのコンクリートのみ。
「どうしたの、岬?」
その声はあずさには聞こえなかったらしく、いきなり振り返った岬が気になった。

…本当、お節介な先輩だな。

「なんでもないよ、あずさ。」
繋がれた手は存在を主張するかのように暖かい。
自分たちには未来がまだ続いている。
先を急ぐことなんてなかた。
岬は夏天高い空を見上げ、夏の訪れを感じた。

 

 

               END  

                   ←6 back