弓なり月夜の夢の如し 六
次の日。
「え!ヤッてないの!?」
「シーッ先輩!声が大きいです!」
やっと恋人になれ、仲直りもできたあずさが、『一緒にお昼食べよう』と誘ってくれた。
なのに、今日も弘と食べる約束があって、それを泣く泣く断って来たのだ。
『これで最後』と、自分に言い聞かせ、岬は弘の待つ屋上へ行った。
「見た瞬間、気づくね。あずりんの岬くんに対するラブ光線。フェロモン放出っつ〜の?
あの状態で野放しにしてたらまじヤバイね。狼の群れにウサギ状態。」
ああ、そんな事言われると、本当に心配になってきた。
岬の脳裏には、寂しそうに一人でご飯を食べてるあずさが浮かんだ。
でも実際は、イインチョーとかと一緒に食べてるので一人ではない。
「やー、昨晩、あずさ安心しちゃって眠っちゃって…。起こすのも可哀想だから、そのまま部屋に運んじゃいました。」
昨日、あずさは久し振りに深い眠りについた。
人間一人がグッタリとなると、赤ん坊でも重い。岬はそんなあずさを背負って、寮まで戻ったのだ。
赤ん坊よりもはるかに大きい、少年。それなりに重かったが、苦にはならない重さだった。
「俺なら寝てようが関係ないな、すぐ襲う。あんな可愛い子。」
「先輩!」
弘が言うと、何故だか冗談に聞こえないのが不思議だ。
「じゃあ俺はこれで。もう恋人、泣かせんなよ!」
弘は満足そうに岬に釘を打ち、にこやかに手を振り、屋上を後にした。
「…先輩、ありがとうございました。」
風が頬を撫ぜるように、涼しく吹いた。
チャイムが五分前を知らせたが、岬はのんびりと教室に戻った。
中学3年生の教室は、屋上からそれほど遠くないのでのんびりと出来る距離なのだ。
「…岬!」
あずさが教室に入って来た岬に気づき、嬉しそうに飛びついた。
自分から飛びついて来たあずさに愛おしさをかんじてしまい、岬は感動が込み上げて来た。
今までのあずさも可愛かったあ、‘恋人’になってからのあずさはそれ以上に可愛い。
昨日までの険悪なムードとは一遍変わり、クラスの雰囲気も元通り。
和やかで、皆が和気藹々と過ごしていた。クラスメイトにしたら、一つの峠を越えたことになる。
「あのさ、訊いてもいい?」
あずさは遠慮がちに目を伏せ、手を前で組んだ。
友達から恋人に変わった現在でも、気になることが一つあるのだ。
「うん、いいよ。」
「何で戸田先輩とキスしてたんだよっ。」
どこか不安げなあずさ。
そろそろ授業が始まるので、とりあえずあずさを席に着かせ、自分はあずさの机の前に中腰で立った。
「ああ、アレね。まつ毛が抜けてるから取ってあげるって言われて…。
目を瞑ったらされてしまった…ってだけ。」
「本当…?」
「本当本当。実際、何にも感じなかったし。」
キスはキスでも、好きな人とのキスは違う。今まで、あずさと何回もキスだけの行為はしてきたが、緊張がいつも付きまとっていた。
何かと無防備な好きな人。キス以上をしてしまったら嫌われる、そんな考えが頭に存在していた。
キスをしてしまって自分を抑制できるかが不安だったが、理性というストックがあったため押さえられた。
「俺からも聞くけど、あいつ、なんだっけ…。あ、そうそう!原田とはキス以上したって本当?」
「なっ、してないよ。」
少し拗ねた顔をして、あずさはそっぽ向いた。
その仕草は‘岬に対する売り言葉い買い言葉’だと、証明している。
「よかった…。」
「何か言った?」
「ううん、何も。」
その言葉だけで岬は嬉しかった。
「あのさ、岬。イインチョーにも迷惑かけたから、そのー、改めて紹介してもいい?
俺の恋人ですって。」
岬はその申し出を快く承諾をした。
確かに、彼には色々と迷惑をかけ、心配させてしまった。
それに岬はあずさの知らない所で紺野に説教をされていたのだ。
『岬ちゃんのせであずさ、ずっと落ち込んでいるんだよ。見てるだけでものすっごく胸が痛くなる!
自分では隠してるつもりなんだろうけど、全然隠せてないよ。
この前、岬ちゃんが戸田先輩?にキスされて怒ってるあずさ、何て言ったと思う?
‘俺の岬にキスをした!’てナチュラルに言ったんだよ!早くなんとかしてよね。
クラスの雰囲気まで巻き込んじゃって、皆の心臓に悪いんだから。』
何でそんなに一生懸命なの?ってイインチョーに尋ねてみた。
あずさや俺よりも小柄な身体で、俺に説教をしてきた。
『だって僕はあずさの味方だもん!』
岬は真顔でそんな事を言った紺野が可笑しくて、大笑いしてしまった。
『な、何で笑うんだよっ!』
『いや、こりゃスゴイ味方を持ったもんだなぁって。』
「わぁやったね!おめでとう!」
イインチョーは満面の笑みで拍手をしてくれ、紙ふぶきまでが飛びそうな勢いだった。
放課後、教室に80円の紙コップを持ち込んで、改めて紹介をした。
「ありがと。でも、イインチョーは男同士の恋人って、気持ち悪くないの?」
「何で?」
そんな質問に紺野は首をかしげた。
「何でって、普通は異性同士じゃん。」
「別に気持ち悪くないよ。この学園って結構そういうの、多いって聞くし。
それに二人とも、男なら誰でもいいってわけじゃないんだろ?」
「うん、俺は岬だから好きなんだけど…」
「じゃあそれでいいじゃん。それに、紅茶奢ってくれたし。」
意外にもあっさりとした答えをくれた紺野は目の前に座ってる二人を見比べた。
「奢ってくれたって…何言ってんだよ!こんな安いもんだけど、いっぱい迷惑かけたお礼だよ!」
「そだね、温かくて美味しい。」
両手で紙コップを持ち、美味しそうに飲んだ。
岬も買った80円紙コップのカルピスを飲み干した。
イインチョーは何でこんなに暑いのに、ホットなんて頼んだんだろうと、少し考えながら。
「ところでさー、何で二人はケンカしてたの?」
紺野のこの思いがけない一言で、二人は目を丸くして、凝視してしまった。
クラスを少々巻き込む事になった二人のケンカ。
当事者とかなり接触していた紺野が知らないはずがなかった。
…それとも、ただの冗談なのか?
「何でって戸田先輩が岬に近づいてきて…」
「戸田先輩?」
紺野はますます頭の上に疑問符を飛ばすことになった。
「ホラ、戸田弘。あずさと同じくらいの身長で、少し髪が茶色い猫目の先輩。
しょっちゅうクラスに来て、注目浴びてたじゃん。」
「…そんな先輩、この学校にはいないよ…」
岬とあずさは、紺野よりも多く、頭の上に疑問符が飛ぶこととなった。