弓なり月夜の夢のように 四


乾いた空気が肌を包み込む。人々が寝鈴丸時間、弘は岬を現在は使われていない教室へ誘い込んだ。
灯りをつけるとさすがに人目についてしまうので、電灯はつけていない。
静まり返っているせいか、外の小さな音でさえ大きく耳に入ってしまう。
「で、どうするの。これから。」
「…先輩、煙草臭い。」
「吸う?」
弘は吸っていた煙草を口から外し、岬の口に押し込んだ。吸い始めてさほど時間は経っていなく、まだ長い。
岬はもらった煙草を大きく吸い込んでは白い煙を出した。それは、暗闇にでも白く浮かぶ。
「あのこ、本当に可愛いね。どうしてこんなに愛されてるのに不安なんだろ。」
「……。」
煙草は初めてではないが、好きでも嫌いでもない。わかるのは苦い味が口に残るだけ。
「先輩、本当は俺と付き合う気なんて初めからないんでしょ。かと言ってあずさと付き合おうと気もない。」
弘はもう一本、胸元から煙草を取り出し、火を点けた。
「さぁ。岬くんがそう思うんならそうなんじゃない?」
「どうだか…」
「暗闇の中って楽しいと思わない?何も見えないしわからない。」
目の前の床にはぼやけた月の灯りが写っている、時折、雲のせいで少し揺らいでは、また元通り。
「暗闇って言っても真の暗闇じゃないし、月明かりでものが見えるだけでしょ。」
「神秘的だと思わない?暗いとこに若者二人きりって乙なもんがある。」
弘は吸っていた煙草を床で消し、岬に一歩分、近づいた。
岬から煙草を取り上げ、代わりに口を寄せる。岬は動じる事なく、弘を見た。
月が明るく照っているせいで、瞳の奥で何を考えているのかが、わかってしまう。
「…本当に、付き合う気がないなんて思ってる…?」

寮内を小走りで走り回ってる音が聞こえる。あずさはサンダル姿で、岬を探し回っていた。
岬の部屋へ行くと、いたのはルームメイトだけ。談話室にもトイレにも、どこを探してもいなかった。
あずさは岬に会いたいばかりに気持ちが焦る。会ってちゃんと話がしたい。今後の自分達について話がしたかった。
これだけ会いたいのに、会えない。見えない壁に邪魔されている気がする。
「外かな?」
原則として就寝時間は寮のから外出禁止だが、会いたくて内緒で外に出てみた。
外にいる可能性は五分五分である。しかし、寮内にいないって事は外にいる可能性が高い。
岬の行きそうな場所を考えてみるものの、‘夜中’と限定されたら思い浮かばない。
闇雲に探すのではなく、少し談話室に戻り、岬の行きそうな場所をもう一度考え直そうとした。
「あれ、あずりんじゃん。どったの、こんな時間に。」
校舎の建つ方向、声から現れたのは弘だった。見間違えだろうか、髪が少し乱れてる。
「別に何もありません。先輩おやすみなさい。」
どうしてこんな時に限って出てくるんだよ、とあずさは不安になる。
それだけで頭が嫌な方向へ考えてしまうのだ。考え出すと止まらなくなり、不安が胸を支配した。
「俺って嫌われてるね。」
嫌味でなく、弘は嫌な顔をせず笑った。その笑みが何を表示しているのかは、あずさにはわからない。
あずさは弘と話す事がないし、話したくもないので、今日は寮に戻って落ち着こうと思い、キビスを返した。
「岬くんは第三宿直室にいるよ。」
「え?」
「じゃあね。」
すれ違う時に見た弘の表情は、心なしか活き活きとしていた。
それが、不思議だった。


第三宿直室とは校舎の一階に配置されており、宿直室とか名だけの物置である。
普段から生徒はおろか、教師でさえ寄り付かない。云わば何か隠れてするにはかっこうの場所。
そこの岬がいるなんて、益々不安が募る。さっきまで弘といたという事もあり、その不安は大きい。
それでも岬に会いたくて、夜の校舎に忍び込む。一階にある給湯室は外からも出入りできるように扉が二つあるのだ。
外から出入りできる扉の鍵がいつの間にか壊れてしまい、そのまま放置されている。
夜に校舎に忍び込むにはそこから入るのが、生徒達の暗黙の了解。
あずさもそこから入り、急ぐ足を落ち着かせる。緊張して胸が高鳴る。
恐る恐る第三宿直室の扉を開けた。
「…弘先輩?忘れ物ですか。」
声と同時に、煙草の臭いが鼻をかすめた。
「…み、さき?」
「あずさっっ??」
目が慣れなくて、覚束ない足取りで岬の声をした方へ進む。するとすぐに岬があずさの肩を抱き、誘導してくれた。
岬の体からかすかに香る煙草の臭い。それだけで知らない人と思ってしまう。
「あずさ、座って。」
窓の下に座ると、それを見届けたかのように岬も座った。
…ただし、人一人分の距離をあけて
「どうしたんだよ、こんな時間に。」
「…岬を探してて…それより岬こそ戸田先輩と何してたの。」
お互い顔を見ずに声だけで話す。その間に岬は弘からもらった煙草に火を点け吸いはじめた。
今夜はむしょうに煙草を吸いたくなる。
あずさは煙草の煙が苦手で、あまり好きじゃない。でも、今はそんな事どうだっていい。
実際、あんなに会いたかった岬と会うと、どう切り出していいのかがわからなくなる。
「誰かさんに振られたから慰めてもらおうとしただけ。けど好きな人じゃなきゃヤだったんで失敗。」
俺って結構純情かもね…と冗談で付け加えた。
その名残として、岬の着ている服のボタンがいくつか外されていた。
それを他人行事のように話す岬は、あずさの知ってる岬ではない。切り離されてとまで感じてしまう。
あずさは最初に何を話せばいいのかわからないまま、口を開いた。
自分から言葉を出して、話さなければ本当にダメになると本能的に悟る。
じゃないと後悔することにもなる、と。

 

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